[東日本被災地「15年後の今」②]
この日は仙台から常磐自動車道を南下して福島県いわき市を目指しました。
南相馬ICを過ぎた辺りから放射能測定器が設置されていて、第一原発がある帰還困難区域にある浪江・双葉・大熊IC付近へ近づくと線量計の数値は今でも目に見えて上がります。今回も数値が上がる度に緊張が高まっていく自分を感じました。
東京電力福島第一原発事故で三号機がメルトダウンし水素爆発した3月14日、11:01直後の二時頃、私は政務官として被災地へ向かうため第一原発上空をヘリコプターで通過しています。その時点では炉心溶解による水素爆発とは知らず。その時大量に放射能を浴びていたかも知れないという恐怖は今も消えません。
楢葉町を経て、いわき市へ入るとだいぶ落ち着きを取り戻します。第一原発から50km離れるいわき市は比較的元気でした。新しいビルやお店も立ち並び頑張っているのがよく分かります。
いわき市の人口は震災前の2010年が34万2,249人。震災直後は減ったものの、その後急回復。一時は原発事故対応の関係者や県内避難者の居住先など復興需要増で逆に人口が増え2015年は35万人を突破。今は落ち着いて2020年が33万2,931人で震災前の3%程度のマイナスに収まっています。
いわき市で用事を済ませた後、一般道を通り北上。浪江町・双葉町・大熊町・富岡町・楢葉町など帰還困難区域の状況を目に焼き付けました。
これらの地域は原発事故や放射能の影響で、他の地域と比べても、震災後の復旧着手の遅れ、その後の避難指示や除染の遅れなどの影響が今も残っています。
特に浪江町・双葉町・大熊町は今なお町の大半が帰還困難区域に指定されたままです。その中で私は「避難指示解除準備地域」に指定されているJR常磐線双葉駅周辺を訪れました。この地域は市町村の指定を受けて特定復興再生拠点区域として、優先的に除染やインフラ整備が進められています。近代的な駅舎や役所やスーパーと「人の少なさ」のコントラストがなぜか「もの哀しさ」を感じさせます。
福島県双葉郡双葉町は今なお町の85%が帰宅困難区域です。原発事故前の2010年の国勢調査で6,932人だった居住者は、全町避難で一時は0人に。現時点での実際の居住者は180人ほど(2025年4月時点)です。
最大の課題は居住人口の回復ですが、その為には着実な除染と共に、医療・介護・教育等を含む生活インフラを時間をかけて忍耐強く支え続ける国民の覚悟も問われます。
福島県内の帰宅困難区域をまわると、たとえ厳しい条件をつけたとしても、ひとたび事故が起きた際のリスクの大きさを見せつけられます。原発に依存しない社会の構築に向けて全力を尽くす決意です。
#前衆議院議員、
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