[東日本被災地「15年後の今」①]
東日本大震災から15年。今年も被災地を訪れました。
私は2011年の発災直後からの約半年間と、2015〜17年の約三年間、仙台を拠点にして岩手・宮城・福島県の被災地の状況を見て来ました。
発災直後の半年間は、内閣府復旧復興担当の大臣政務官という現場責任者として、次の三年間は落選中に人道支援NGOの国内事業部長として復興支援に携わりました。
当時、私が一番はじめに訪れた被災地は宮城県南三陸町でした。確か3月14日だったと思います。
災害対策本部の置かれた南三陸町ベイサイドアリーナには、大きな体育館に多くのご遺体と大勢の避難者が一緒にいました。「何から手をつけたら良いのだろう」と呆然としたのを思い出します。
「亡くなってしまった職員の分まで頑張る」と気丈に振る舞う佐藤仁町長(当時)、(ご遺体と同じ空間での避難生活に)「抵抗はない」と語るご遺族や避難者、避難した時の様子を落ち着いて話すジャージ姿の留学生たち…を今でも鮮明に憶えています。
15年後の南三陸町役場を表敬訪問すると千葉啓町長は当初予算審査特別委員会の答弁中でした。外見的には被災地であった事を忘れてしまうほど近代的な役所ですが、委員会質疑を少しの時間拝見しただけで、「今なお、被災地として、震災からの復興過程にある」事がよく分かりました。
南三陸町の人口は減少傾向にあります。町発足直後の2010年が1万7,429人、前回の国勢調査2020年が1万2,225人。約三割減ですが、2011年の大震災を挟んでいる事を考慮すれば、良く頑張っている方だと思います。
三陸町の課題とすれば、外国人の宿泊も含め観光客を増やす事ですが、これはまさに「言うは易く行うは難し」で、きれいに整備された「南三陸さんさん商店街」も平日になると人は疎らでした。全国から修学旅行や家族旅行等で震災遺構を含め訪れて頂けるとありがたいです。
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